Chronos Moon

「関西人の語る雑談日記」 「懸賞・宇宙・音楽・漫画・自然環境・地域の話題も話します」


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らいとNGC7000

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神戸市在住・演劇・星見・
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2008/10/13 01:28|
 

功名が辻第28回出世脱落 

1583年4月21日、賤ヶ岳の戦いに勝利した羽柴秀吉は、織田信長亡き後の天下の覇権を手にしました。秀吉の命を受けた山内一豊は、説得及ばずお市は柴田勝家と共に北ノ庄城にて自害します。天下統一に向けて秀吉のもとでは新たな人事の改変と世代交代が進もうとしていました。
200607K_1京・山崎の一豊の屋敷です。
千代「いつの間にやら、お腹が出て参られましたこと。」
一豊「ほれ、貫禄がついてきたと申せ。わしは間もなく城持ちじゃぞ。」
千代「筑前守様がそう仰せになったのでございますか。」
一豊「いや、仰せになったわけではないが、まず間違いあるまい。亀山城攻めでは吉兵衛が命を賭けて一番乗りを果たし、賤ヶ岳の戦ではお市様をお救いすることこそかなわなかったが、姫様を北ノ庄城のお城までお出向いに行ったのはこのわしじゃ。今、城持ちにならずして、いつなるというんじゃ。」
千代「よくお働きになりましたものね。吉兵衛もあの世で喜びましょう。」
一豊「城持ち大名は吉兵衛の夢じゃったからのう。あいつにこそ天主からの眺めを見せてやりたかった。」
千代「殿の城じゃ、殿の城じゃと誰よりも喜びましたでしょう。」
一豊「うむ。楽しみにしておれよ、千代。長浜城には入り損ねたが、これで千代は大名の妻。よねは姫君じゃ。行って参る。」
馬から落ちないように、と言う千代に、上川一豊「城はどこかの?(・∀・)?」
仲間千代「殿!お急ぎなさいませ!」
一豊「ははははは。わかっておる。」
千代「行ってらっしゃいませ。」
200607K_2羽柴秀吉が賤ヶ岳の戦で勝利した事を知った家康は、その時「麦こがし」を食べていました。家康は重臣達を集め、今後の方針に際して意見を聞きます。
本多作左衛門重次田中健さん)【http://homepage3.nifty.com/hitotose/】は秀吉を侮り、足許を崩せば家康公が天下人に、と発言。
石川数正大河内浩さん)【http://www.p-jinriki.com/ookouchi-report/index.html】は慎重に、天下の帰趨を広くお考え遊ばせ、と秀吉に味方する発言を匂わせます。
酒井忠次森田順平さん)【http://www.mausu.net/talent/tpdb_view.cgi?UID=125】は、秀吉に降るのならば早くせねば、と述べます。浜松城に戻った家康が数日考えて出した結論は、初花の茶入を秀吉に戦勝祝いとして献上することでした。織田信長の形見として大変価値の高いものでしたが、今の家康にとっては価値のないものでした。石川数正に命じて、坂本城にいる秀吉へ届けさせます。本多作座衛門は怒りをあらわにしています。家康はなだめ、「この後、我ら戦に負けることがなければ、いずれ何とかなろう。」このときからすでに将来を見据えています。
20060719K_3天正十一年(1583)六月五日賤ヶ岳の戦論功行賞が坂本城で行われました。賤ヶ岳の七本槍と呼ばれることになる秀吉の小姓達は、それぞれ三千石の加増。その中でも市松(福島正則)は五千石の加増です。嵐広也さんのブログはこちらをご覧下さいね。これからも励め!と小姓達への秀吉からの激励があり、その後、中村一氏は2万石を与えられ和泉の国の岸和田城主に、堀尾吉晴は1万7千石を与えられ若狭の国、高浜城主に出世します。
20060719K_4同僚が城を与えられる中、一豊も期待します。
しかし、一豊が耳にした言葉は、河内禁野に三百石を加増し合わせて三千八百石…というものでした。
城持ち大名に出世するどころか、小姓達に追い抜かれかねない有様。
一豊は呆然とします。
「殿(筑前守秀吉)は自分を使い捨てるおつもりか。」と疑念を抱き、居たたまれない気持ちになります。
20060719K_5石田三成は三千石の加増を受けましたが、それを辞退。
存念があるなら申してみよ、との秀吉の言葉に、宇治川と淀川の川岸に生えている葦を利用して商いをしている民がいるので、その民より税を取り立てることを提案します。その運上は三万石に相当致します、と素早い計算です。
秀吉は喜び、「そちの思うとおりにやってみよ。但し、領民に難儀のかからぬようにせよ。」と。
「あっぱれじゃ!」と三成を褒め称えます。
20060719K_6祖父江新右衛門・新一郎親子が苦虫を噛み潰したような顔をしている場面です。我が殿のことを思い、悔しい気持ちでいっぱいです。
 一豊は屋敷に帰ってきますが、むすっ、として「飯はいい、酒じゃ。」と。
城持ち大名になれずに落胆する一豊。徳川様に仕えるか、それとも浪人の方がよいか?と問う一豊に、千代はまずお着替えを。
千代は一豊をやさしくなだめようとしますが、一豊にはなかなか伝わりません。
20060719K_720060719K_8いっそのこと武士をお辞めになっては?と言葉をかける千代。一豊は聞いてはいるものの、ショックが尾を引いているため、「かたじけない。」と話すのがせいいっぱいです。
千代は泣き出します。一国一城と言い続けてきた自分を責めます。「お命さえ無事であれば、功名の種はいつでも拾えまする。」
20060719K_920060719K_10しかし、一豊は翌日から登城しなくなりました。草鞋を編んだり、写経をする日々です。
その写経もうまくいかずに、八つ当たりする始末です。
心の荒れた日々をすごしているために、
山内家全体が重苦しい雰囲気に包まれています。
千代は一豊の寝顔を見ながら、この世にこんな優しい殿もいない、
と静かに思います。戦場を駆け巡っていた頃の一豊とは、
明らかに違う寝顔だったからです。
20060719K_11寧々が秀吉の小姓達を激励する場面です。
市松だけが大きく加増されたことに対して、加藤清正は不満です。
賤ヶ岳の戦いにおいて、一番槍は自分だったという誇りを持っているからです。また、秀吉の三成に対する態度が許せませんでした。後に武断派と呼ばれる大名達と、文治派と呼ばれる大名達の対立がこの頃から始まっていた、とドラマの中で描かれているように感じました。
 寧々は、秀吉は褒め上手であるから誰でも褒めて働かせる。三成がもしもそのことを見抜いているのであれば、侮れぬ。しかし、褒められて舞い上がっているようであれば大した者ではないので、そなた達も人を見極める目を持ちなさい、とやんわりと嗜めます。寧々にこう諭されては、不満を抑えて引っ込めざるを得ません。握り飯に真っ先にかぶりついていた、なか(菅井きんさん)が印象的でした。(´ー`)
20060719K_12秀吉が黒田官兵衛より、論功行賞に不満を漏らす家臣がいるということを聞かされている場面です。小姓達の不満はあまり気にしない秀吉も、山内一豊がどうしているのか気になっていました。三百石の加増だけでは少なすぎる、と言う官兵衛に、「お市様を取り戻しておったら十倍にしてやった。清洲城をやってもよかった。わしはな。試しておる。今、誠(まこと)の家臣が誰か見てみたい。恩賞の数だけで従う奴。わしを誠の主君と思うてついてくる奴。
 三河殿との天下分け目の戦に備えて、今こそ誠の家臣が誰か見極めて見たいのじゃ。三河殿に寝返る奴はさっさと寝返ればよい。」
官兵衛は驚き、「左様にございましたか…。」
秀吉はさらに、「三成は三千石では不満ゆえ、あのような奇策を考えおった。あれは只者ではない。この筑前の天下取りを支えていく男じゃ。のぅ〜、官兵衛。」と述べます。これには密かに野望を持つ官兵衛もたじたじです。関ヶ原の戦の時に起こした黒田官兵衛の行動について、どう描かれるかどうか、私は楽しみにしています。
20060719K_13石田三成が茶々を訪ねた場面では、茶々が三成に迫るシーンがありました。尾張者は好かぬ、という茶々は、近江の出の三成に親しみを覚えています。生きていることが不満だ、という茶々に三成は、織田家と浅井家をつなぐ役目のほかに、茶々個人の幸せを祈ります。
しかし、逆に「そなたがこの手を温めよ。涙で濡れた頬を温めよ。引き裂かれた心を縫い合わせてくれ。」と言われ、「お許し下さいませ。」
 最後は、千代が一豊に出家を促す場面です。
尼になり、よねも岐阜の不破家に預けると言い出します。一豊は戸惑いますが、そこへ法秀尼が現れ、湯を沸かしてきなさい、と千代に命じます。一豊は混乱する中、頭を剃る前に某の話を聞いて欲しいと懇願。
一豊の長い昔話が始まります。法秀尼は黙って聞いています。羽柴家の古参として二十三年間、勤め上げてきた一豊は、話しているうちに感情が高ぶり、怒りが治まりません。法秀尼は「それだけか?」と一言。
一豊はさらに戦功の数々を話します。法秀尼は、「恩賞が手薄なのは秀吉に直談判したのか?」と問います。そんなことをしたら首だ!と言い返す一豊。法秀尼は、たかが愚痴で世を捨て出家するおつもりか、と激しく一豊を責めます。一豊も怒り心頭に達しますが、法秀尼はさらに、
「頬を剃ることより一歩進め、誠に解脱したいのならば死ぬるほかあるまい!」と。一豊は笑ってごまかしますが、法秀尼は岩倉城で自害した一豊の父の形見を持っていました。「これで逝きなさい。さあ、早う。愚痴からもこの世の浮世からも解脱したいのじゃろう。母が引導を渡してやろう。よねも捨ててあの世に参れ!」一豊は声も出ません。
千代は必死で抵抗します。「解脱などできぬ殿でよいのです。殿があの世に参られるというのであれば、私が先に参ってお迎え致しまする!」
と法秀尼の刀を奪い取ります。
 「もう、わかった!やめてくれ!」と一豊。「浮世に踏みとどまり、生きて戦って参りまする。」法秀尼は、「逃げずに浮世の主従になりなされ。千代もそうじゃ。この世を生きていくには逃げてはなりませぬ。前を向いて己の心と戦うしかないのです。」一豊は、「ありがとうございました。かたじけのうございました。」法秀尼は疲労の為、意識を失いそうになります。一豊・千代・法秀尼の絆は深まりました。来週の大河ドラマは、羽柴秀吉と徳川家康の小牧・長久手の戦いです。秀吉を演じる柄本明さんの表情にも注目したいと思います。(´ー`)
←半円形の眉毛が気になる方は、応援よろしくお願い致します。^^
2006/07/19 16:31|功名が辻TB:0CM:8
 

功名が辻第27回落城の母娘 

天正十一年(1583)二月、伊勢亀山城の攻防戦の最中に五藤吉兵衛は凄絶な死を遂げました。
たきが宇治の里へ帰る場面です。
2006_27_12006_27_2千代「どうしても行くのですか。」
たき「はい。お方様のお気持ちは有難く存じますが、このお屋敷には想い出が多すぎて。」千代「吉兵衛は殿のために命を落としたのじゃ。いくら謝っても許してはもらえまいが、どうか殿を、許してやっておくれ。」たき「そのようなことを仰せられますな。私は短い間ではございましたが、このお屋敷で夢をみることができました。女子として生まれてきた喜びを胸いっぱいに味わうことができました。殿様とお方様、それに吉兵衛様のおかげでございます。」千代「たき…。」たき「ありがとうございました。」たきは一礼して去って行きます。鶯の鳴き声がこの季節ですが上手に思いました。(´ー`)
2006_27_32006_27_4その頃、伊勢亀山城では山内一豊と祖父江新右衛門、新一郎親子が吉兵衛の想い出を胸に噛み締めておりました。前田吟さん「今にも吉兵衛が正面から戻ってくるような気が致しますなぁ。(´ー`)」上川一豊「うむ。あの声が聞こえてこん事が不思議じゃ。」吟「あ奴は果報者でござります。死んでもなお、殿のお手の中におられるとは。」一豊「戦場では、死んだ者に心惹かれてはならぬと吉兵衛によう言われたものじゃった。されど。その吉兵衛がのう。」吟「吉兵衛はあの世から殿をお守り致しましょう。」一豊「うむ。」新一郎(浜田学さん)は涙をこらえています。吟「泣くでない!(▼▼メ) お前が泣いて吉兵衛が喜ぶと思うか!(怒)」新一郎「ははっ。(泣)」一豊「新右衛門、よいではないか。」新右衛門も涙をこらえています。一豊も二人の姿を見つめて涙します。
五藤吉兵衛の弟の吉蔵が、千代を訪ねてくる場面です。
2006_27_5鳩の鳴き声がした後、吉蔵「ごめーん!」仲間千代「よく訪ねてきてくれました。」吉蔵(小倉久寛さん)「お久しゅうございます。兄、吉兵衛が長きに渡りお世話になったお礼も申し上げることなく、日々が過ぎました事、お許し下さいませ。」千代「わざわざ尾張の黒田から。ご苦労様でした。」小倉吉蔵「実は兄より亀山城攻めの前に便りがあり、宇治の里に住む、たきという女子と一緒になるつもりだが、万一のことがあれば、たきを頼む、としたためてありました。それで先日、たきの里に参りました。」すると … 回想シーンになりました。
2006_27_6宇治の里のたきを訪ねた吉蔵ですが、呼びかけても声が返って来ません。家の中へ入ってみると、そこには自ら命を絶ったたきの姿がありました。遺書はなく、羽織っていた着物は吉兵衛の形見でした。側には吉兵衛のふみがありました。千代「やはり。この屋敷に置いておくべきでした。私は何ということを…。(泣)」吉蔵「お嘆き下さいますな。たきも兄も本望でございましょう。今頃、あの世で、祝言を挙げておりまする!」千代「人はなぜ、戦をするのでしょう。(泣)」北陸の北ノ庄城の柴田勝家とお市の方、二人の場面です。
2006_27_7勝家「手が冷たいのう。大丈夫か。」市「大丈夫でございます。手は冷たくとも心は温こうございますゆえ。」勝家「ほう。」市「すっかり北国の寒さにも慣れました。」勝家「三河の徳川も中国の毛利もわしの誘いに乗って来ぬ。市はいらだっておると思うておったに。」市「私も不思議でございます。雪に閉ざされておりますと、このままずっと春にならねばよいとさえ思うことがございます。」勝家「じゃがそれもままならぬ。間もなく出陣じゃ。雪解けまで待ってはおれぬ。伊勢の滝川一益が猿にやられ、長浜の勝豊も寝返ったとあっては雪をかきわけても出陣せねばならぬ。此度は天下分け目の戦いじゃ。猿に天下は渡せぬ!」市「殿。必ず。生きてお戻り下さいませ。」勝家「わかった。わかったぞ。市。」
2006_27_92006_27_8佐和山城で秀吉がマッサージをしてもらっておりました。気持ち良さそうです。(´ー`)黒田官兵衛が「御免!」とやって参ります。北ノ庄城に動きがあり、秀吉も「来るか!勝家」と気合が入ります。秀吉・寧々夫妻が小姓達を激励している場面です。寧々「虎、市松、皆の者、殿をしかとお守り致すのじゃぞ。」一同「はっ。」秀吉「おみゃあ達を一軍の将とするためによ!まつりごと、戦の仕方を仕組んできたんだわ。今度の戦は天下取りじゃ。駆けよ!駆けて駆けて存分に手柄せよ!よいな!」一同「ははーっ。」石田三成(中村橋之助さん)もその小姓達の中におりました。寧々「ご武運、お祈り申し上げます。」雪が解けました。斎藤官兵衛「敵は老練なる者。おいそれと手出しは致しませぬな。」柄本秀吉「仕掛けた方が負けじゃ。死んでも動くな。」
2006_27_102006_27_11石田三成「恐れながら申し上げます。」秀吉「何じゃ?(・∀・)?」三成「殿は岐阜の信孝様をお攻めになってはいかがでござりましょう。総大将が不在とわかれば、敵は動きましょう。」秀吉「ふぅーむ。」三成「岐阜に向うと見せかけ、敵を引きずり出しては?」官兵衛「さすが、佐吉殿。良い考えかもしれませんな。」秀吉「また大返しか。」官兵衛「信孝を討つと吹聴すればさもあらぬ。敵も策略とは思わず、殿がこの陣を去った好機到来と思いましょう。」秀吉「よし。秀長、官兵衛、その方らはここを頼む。わしは小姓供を連れて岐阜へ行くぞ。」「はっ。」2006_27_122006_27_13一豊「殿、某は?(・∀・)?」秀吉「ん?一豊か、おったのか?」一豊「はっ。」秀吉「そちは〜ん〜、わしについて参れ。」一豊「はっ。」石田三成は笑っております。一豊「(`´X)」せっかく張り切って出て参ったというに、睨み合いとは退屈じゃのう、と小姓達。石田三成は「よつに組んでいる今、双方に隙はない。隙なき所では、先に動いた方が負けじる。」と自論を展開します。2006_27_14反感を買い、煙たがられるタイプの演技を中村橋之助さんが上手にされています。微妙な表情の移り変わり等、必見だと思います。小姓達から中川世兵衛隊・高山右近隊はどうなる?と突っ込まれるのですが、「殿(秀吉)は全てを読んでおられる。」と冷静に答えます。各々、出陣の支度にかかります。
上川一豊「あ奴らはどうも好かん。あの小姓供じゃ。(▼▼メ) 出すぎた風情、気に食わん。」吟「殿(秀吉)をお守りするために、特に選りすぐった者共らしゅうござりますな。(´ー`)」一豊「昔は、殿をお守りするのはわしの勤めだったんじゃ。(▼▼メ) 」吟「焼きもちをお焼きなさるな。」一豊「何じゃと?(`´X)」新右衛門は一豊に語って聞かせます。筑前守様には譜代の家臣がいないことを。一豊「(怒!)どれほどの力があるか、此度の戦で見極めてやろうではないか。槍の腕ではまだまだ負けんわい!」謙虚な心が失われています。天正十一年四月、長浜で様子を伺っていた秀吉は岐阜の織田信孝を攻めるために大垣へと兵を進めました。柴田軍の佐久間盛政は「討って出れば必ずや成功致します。」と主張。勝家は「ならぬ!(怒)」と反対しますが、盛政「織田家に鬼柴田有りと言われた叔父上も老いられたものじゃ。」と発言し、勝家の激怒を買います。そして単独で羽柴軍に攻撃を仕掛けます。
中川世兵衛を討ち取り高山右近隊を敗走せしめ、よかったかに思えましたが勇み足でした。
2006_27_152006_27_16伝令「申し上げます!中川世兵衛、高山右近隊の陣、崩れでございます。中川世兵衛様、お討ち死に。」三成「おめでとうございます。」一豊「何を申しておる!中川殿が亡くなられたのだぞ。」
秀吉「一豊、木之本の本陣に戻れ。佐吉と共に道々、在所の庄屋とお百姓を呼び集め、蔵を開かせ飯を炊かせよ。飯が炊き上がれば、俵の袋を二つに切り、それに飯をつめ、塩水をふりかけさせよ。米の勘定は後で十倍にして払う、と申しておけ。」三成「恐れながら。」秀吉「何じゃ?(・∀・)?」三成「さらに街道の民に松明、かがり火を焚かせましょう。夜通し駆けに駆けることになりましょう。」秀吉「ふぅーむ。夜を昼にするのじゃな。」三成「はっ。」一豊「夜を昼に…」
賤ヶ岳に着いた秀吉軍。2006_27_172006_27_18秀吉「よいか。勝家の本陣を衝け!このときぞ。駆けよ!駆けて存分に手柄せよ!」一同「おおーーーっ!」秀吉「一豊、お前も行け!」一豊「御大将を一人にするわけには参りませぬ。」秀吉「よいから行け。」一豊「はっ。」ところが、出陣するも一豊は…足を引っかけこけます。見事なこけっぷりですが、私は切り株?にむかつきました。(▼▼メ) 許せないです。(汗)一豊は負傷しても、「たわけ!急ぐんじゃ!戦のあるところへ行かねば功名は立てられん。」と必死ですが、歩くのもせいいっぱいです。そんなこんなしているうちに、小姓達が大活躍。勝利します。
北ノ庄城では。
市「よくぞご無事でお戻り下さいました。」勝家「間もなく筑前の兵がこの城を囲む。そちは姫君達と共に筑前を頼れ。奴はそなたと姫達を悪いようにはすまい。」市「城は出ません。共に果てることこそ夫婦でござりまする。雪に閉ざされた暮らしの中で、市は静かな暮らしの喜びを知りました。いたわりあうことの喜びを、市は殿に教わりました。ありがたく思っておりまする。」勝家「市、許せ。」市は誠の女になったと告白。勝家は市を抱き締め、共に冥土へ行くことを決意します。
勝家と市、姫君達のことを思い心配する千代の場面がありました。よねの前でも不安を隠せません。佐久間盛政が磔にされ、秀吉本陣の場面になります。
2006_27_192006_27_20秀吉「お市様を救い出せ。お市様じゃ、お市様じゃ。他の姫御前はどうでもよい。お市様を救い出せ。そうでなければわしは城を攻めぬ。」官兵衛「血迷われましたか!(怒)天下と女子とどちらが大事とお思いか!(怒)」秀吉「お市様は他の女子とは違う!お館様の妹君ぞ!(ド怒)」官兵衛「いざ総攻めを!(ド怒)」秀吉「お市様は勝家には惚れてはおらぬ。あの男が織田家に必要なくなれば、すぐに捨てられる。そういう女じゃ。」秀吉「一豊!最期の宴じゃと申して、敵の城内に酒を届けよ!」一豊「はっ。」秀吉「その隙にお市様を連れ出せ!」一豊「はっ。」秀吉「その方の女房はお市様のお気に入りじゃ。一豊、そちが届けよ!」一豊「はっ。」秀吉「早よ行け!早よ早よ!」一豊「はっ。」2006_27_212006_27_22柴田勝家は舞を舞っております。市は使者の一豊と会います。一豊は懸命に説得しますが、市の意志は固かった。二度と筑前の顔を見る気はない、と言い放ちます。三人の娘、茶々、初、小督を頼みたい、と。姫達を助ける気がないのならば、失せよ!と言われた一豊は返す言葉がありませんでした。官兵衛「城攻めの合図を。」秀吉「一豊はどうした?」官兵衛「お市様は諦めなさいませ。」秀吉「くぅ〜。(泣)」官兵衛「諦めなさいませ!」秀吉「かかれーーー!(泣)」秀吉は泣き崩れておりましたが、一豊が戻るや否や、「きゅっ!(`・ω・´)」と立ち直り、一転して一豊をぼこぼこにします。一豊は、姫君達を連れてきています。茶々(永作博美さん)「いつかお前を滅ぼしてやる。」秀吉「これはこれは。お茶々様、お初様、小督様。大きゅうなれましたなあ。」と笑顔で近づこうとしますが、茶々「寄るな。汚らわしい。」秀吉は土下座をして「はははーっ。」官兵衛と一豊は戸惑った顔をしておりました。
2006_27_232006_27_24
柴田勝家とお市の方もまた壮絶な最期を遂げます。
市、参るぞ。そちとわしの遺骸とこの城は筑前には渡さぬ。と語ると、爆薬もろとも吹き飛びます。
2006_27_252006_27_26

茶々が辞世の句を読み上げ、それを秀吉達は聞きます。
『さらぬだに うちぬるほどの夏の夜の 別れを誘う 山ほととぎすかな』 市
『夏の夜の 夢路はかなき跡の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす』 勝家
2006_27_272006_27_28
体格の良い侍女が、千代を茶々のもとへ連れてきました。
茶々の母(お市の方)の形見を千代に譲るためです。
お市の晩年は幸せだったのかと問う千代に対して
茶々は、親子といえども心の奥底は見えぬ、と言います。
市の仇を討つために力を貸してほしいと頼まれる千代。
しかし、千代は筑前守様は夫の主君であり、そのようなことはできないと断ります。
二度の落城を生き延びたお命を大切になさいませ、と諭すのですが、
茶々に「黙れ!そちは説経するつもりか。」と言われてしまいます。
千代「お許し下さいませ。」茶々「もうよい。退がれ。」
千代は不安な気持ちのまま、退出します。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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2006/07/12 23:11|功名が辻TB:0CM:10
 

功名が辻第26回功名の旗 

長浜城の柴田勝豊を味方につけ、岐阜城の織田信孝を降伏させた
羽柴秀吉は、伊勢亀山城の滝川一益を攻める決意を固めます。
26_1滝川一益は織田家中の中でも忍術を心得ている有能な武将でした。
柴田勝家との決戦を前に、勝家に味方する武将を叩くことが狙いです。
天正十一年(1583)一月、山内家では
一豊夫妻が千代と鞠を投げて遊んでおります。
上川一豊「はっくしょん。」
よねと遊んで風邪をひいては困る、と仲間千代。
一豊「吉兵衛とたきはどうなった?」
千代「それが吉兵衛が意地を張って引きこもってしまったのでございます。」26_2
一豊「全く仕様のない奴め。」
そこへ姫路より火急の使者が参ります。
伊勢の滝川一益を討てとの命が下されます。
祖父江新右衛門(前田吟さん)が五藤吉兵衛(武田鉄矢さん)を説得する場面です。
鉄「はっくしょん。」 吟「御免!」
鉄「何じゃいきなり。」
26_3
吟「はははっ、それはたき殿が繕った袴じゃな。」
鉄「いや違う。これはわしが自分で繕うたのじゃ。」
吟「一緒になれ。たき殿ならお似合いじゃ。」
鉄「わしの仕事は、殿を盛り立て、殿がご出世あそばすようお支え申すことじゃ。戦さ場にては殿のお命を守る。それがわしの務めじゃ。
後に憂いを残すようなものはいらん。」
26_4鉄「こたびの戦。今までとは違う。重荷を背負っては戦えん。」
吟「吉兵衛、好いておるなら好きじゃと言うてやれ。
たき殿はお主を待っておるのじゃ。心を残しては戦えんぞ。」
鉄「うん。では。思いだけは伝えに行く。」
吟「ふっふっふ。そうじゃすぐに行ってやれ。程なく伊勢へ出陣じゃ。
とっとと行ってやれ!」
鉄「うるさい!(怒)行くわいや!」
吟「行き先はわかるのか?」 鉄「わかっておる。」
吟「行き先はわかるのか?」
鉄「おー急いで。わかっておるわ。(慌)」
吟「は?(・∀・)?」 鉄「わかっておるわ。」
26_526_6
堀尾家では、手柄を立てて山内家・中村家を突き放せという奥方と、
出陣を前にくつろぐ生瀬さん(堀尾吉晴茂助)の様子が描かれておりました。(´ー`)
中村家では、明智光秀が悪いと言う奥方に対し、中村一氏は冷静です。
「わしと伊右衛門と茂助もいつ敵味方になるやもしれぬ。
大名になれるか否かここからが正念場じゃ。」と気合が入っています。
吉兵衛(武田鉄矢さん)がたき(細川ふみえさん)を訪ねる場面です。
26_7垣根からたきの様子を伺っている吉兵衛(鉄)。
映像も音楽も良い感じなのですが、突然、犬が現れます。
犬「クヮンクヮン(・ェ・o)」
鉄「しっしっしっ!(`´X)」
たき「吉兵衛様!(驚嬉)」
鉄「(´ー`)あ、あっ、あ〜!」(こける)
犬「…(・ェ・o)?」
26_826_9
鉄さんのこけた先は運の悪いことに水たまりでした。(>_<)
迫真の絶妙な演技です。(・∀・)
犬も水がかかるのが嫌で避けています。(´ー`)
鉄「いゃぁ〜、無礼な犬じゃ。(`´X)そちの犬か?(・∀・)?」
たき「いいえ…。」
26_1026_11

千代は宇治にいる二人のを思い、うまくいくよう祈っておりました。
とんだハプニングまでは予測できなかったと思われます。(´ー`)
たき「吉兵衛様。今日はお方様からの言いつけでも?」
吉兵衛「いや。」 たき「今日は何ゆえこちらに?」
吉兵衛「忘れた。馳走になったな。」
たき「粗末なことで申し訳ございませんでした。」
吉兵衛「いやいや。うまかった。(^-^)」
たきは本願寺相手に戦った摂津の合戦で父親を亡くした事を語ります。
吉兵衛はいたたまれなくなり、
「帰らねばならぬ。世話になったな。父上の大切な形見であるが、しばし借りていってもよいかな。
わしも伊勢へ出陣じゃ。こうしてはおれんのじゃ。」
たき「ただいまわらじを。」
26_12吉兵衛は言い出すタイミングをはかりかねています。
このまま別れてしまうのかと思ったそのとき。
吉兵衛「たき殿。待っていてほしい。戦が終われば必ず迎えに来るで。」
たき「はい。」
武田鉄矢さんの笑顔がとてもさわやかで印象的です。
すばらしい役者さんですね。(^^)
26_1326_14

天正十一年(1583)二月九日、羽柴秀吉軍七万五千は滝川一益を討つべく出陣します。
伊勢亀山城をはじめ諸城を包囲。二月の寒い気候です。
兵に温かいものを振舞いたい、との一豊の考えにより煮炊きをしておりました。
そこへ敵が来襲。小競り合いになりますが、取り逃がしてしまいます。
26_15一豊は秀吉に報告へ参ります。
怒りをあらわにする秀吉に対し、黒田官兵衛は山内殿は褒めて使うと伸びるのです、と進言しますが秀吉の機嫌は治まりません。
一豊は土下座して詫びますが、
秀吉は、明日の伊勢亀山城攻めにおいて十倍働け!
ときつい言葉を浴びせます。
すっかり意気消沈した一豊。
26_16吉兵衛は己を責めます。たきのことで自分は浮かれていたのではないだろうか。守りを固くするように進言するのは自分の役目なのに、心中に甘えが生じていたいるのではなかろうか、と。
新右衛門は、この失態を挽回しよう、と吉兵衛を励まします。
城壁を登るための足場を作るために新右衛門は場を離れます。
山内一豊と五藤吉兵衛、二人の場面です。
26_17
吉兵衛「殿!殿は下手でござりますぬな。」 一豊「ん?」
吉兵衛「このような時には筑前守様のようにはったりをきかせても我ら家来供が血湧き胸踊るような言葉を申さねばなりませんぞ。それが丈夫の大将と申すものでござるぞ!」 一豊「うーん。」
吉兵衛「また、うーん、などと。気の抜けた屁のような御返事。
それでは我ら家来供、命を賭けて戦えません。」
26_18
一豊「では何と言えばよい。」
吉兵衛「さればこう申して下さい。(一豊の手を取り)吉兵衛、よう申した。わしこそそちに死に遅れはせぬわ!わしとそちは主従ではあるが、しかし幼き頃からの親代わり。ようここまで育ててくれた。明日の合戦は我が武門興るか興らぬかの瀬戸際。いわば功名が辻である。わしが死ねば供養を頼む。が、そちが死ねば永代に供養し子々孫々重用し後の働きに報いようぞ。とまあ、これくらいのことはおっしゃりませ。武士と名の付く者は主人からこう言われれば命を賭けて働きまするぞ。」
一豊「うーん、なるほど。」
吉兵衛「また何とも威勢のわるいお返事でございまするなぁ。
殿は正直にましますゆえ丈夫の大将の振りができんのでございまする。
せめて我が手をお取りになってふんっ、吉兵衛!そのとおり!と。
これぐらいのことはおっしゃりませ。」
一豊「吉兵衛、その通りじゃ!か?(・∀・)?」
吉兵衛「へっへっへっへっへ〜。(笑)」
吉兵衛は続けます。素直さだけでは城持ち、一国一城の主にはなれぬと。一つ。家来供には常に熱き燃えるようなお言葉を。もう一つ。
吉兵衛、新右衛門共々世に亡き時は、お方様にお頼り下さいませ。
千代は女子(おなご)じゃ、という一豊に吉兵衛は、竹中半兵衛や黒田官兵衛と比べても、お方様ほどの知恵者を見たことがない、
と言い切ります。
吉兵衛「お方様を大事になさりませ。」
一豊「ようわかった。覚えておこう。」
吉兵衛「うっはっはっはっは〜。(笑)また素直でござりますなぁ。」
新右衛門が城壁の足場が出来上がりました、と戻って参りました。
伊勢亀山城の攻城戦が始まります。
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吉兵衛
「一番乗りの功名は欲しくはないか!山内の名を天下に示す一戦ぞ!
我が殿を一国一城の主に押し立てたき者のみ我に続け!」

吉兵衛は、ここが功名が辻じゃ!と味方の兵士達を奮い立たせます。
一豊と新右衛門、新一郎親子も城壁を登り始めます。
吉兵衛の奮闘振りはぜひ放送をご覧になって下さいね。
「やあーーーっ!」と槍を投げ撃ち、
「山内一豊が家臣、五藤吉兵衛。一番乗り。」
吉兵衛の輝くハイライトシーンです。
26_2126_22
吉兵衛が危ない。新右衛門、吉兵衛を助けに参るぞ!と
一豊も奮戦しておりますが、敵の数が多いためになかなか辿り着けません。
吉兵衛ー!と絶叫が続きます。
「吉兵衛ー!今行くー!吉兵衛。吉兵衛。」
一豊の頭の中は忠臣吉兵衛の危機でいっぱいでした。
しかし。
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吉兵衛にも疲れが出ます。敵の槍に貫かれる吉兵衛。(>_<)
気力で踏ん張りますがついには倒れてゆきます。
「殿…功名を…。」
一豊はようやくかけつけ、うつぶせに倒れている吉兵衛を抱き起こし、
「あっぱれじゃ、吉兵衛!見事一番乗り。わしも鼻が高い。」
「さあ、参ろう。参ろうぞ!さあ、吉兵衛、共に参れ!(泣)」
「共に参ってわしの城の天守に立て!」
吉兵衛「一国一城の主になり … 。」
絶命します。
26_2426_25
「たき殿、わしはお前の元に戻れぬかもしれん。わしは根っからの不器用者。
二つのことを一緒になすことはできぬようじゃ。
わしにとって一豊様は恐れ多くも我が子の如き者。
我が子の出世のためなら、命を捨てても苦しゅうない
というのが親という者である。
はからずもまたお前を悲しませてしまったやもしれが、許せ。吉兵衛。」
新一郎からの手紙を受け取った千代とたきは、
吉兵衛の遺言を読み涙します。
吉兵衛!と千代達の泣き崩れる場面で第26話はおしまいです。

武田鉄矢さんが登場されなくなるのはとても残念ですよ。
忠臣吉兵衛を失い、一豊はどのような考えに変わっていくのか
次回の大河ドラマも楽しみにしていましょう。
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2006/07/05 11:59|功名が辻TB:0CM:18
 

功名が辻第25回吉兵衛の恋 2 

続きを書きます。
私の受けた(ツボをついた)場面を中心に書きたいと思います。
五藤吉兵衛が朗々と歌を詠んでいる場面です。
千代は吉兵衛の出てくるのを待っております。
20060628n吉兵衛の脚に注目ですよ。
吉兵衛「あっきっ痛っ!きっ…」
千代「何ですか?それは。」
吉兵衛「あっ、これはこれははっはっは。(^o^)
これは、え〜これは、あ〜、袴(はかま)にございますな。(・∀・)」
千代「袴?吉兵衛の袴ですか?」
吉兵衛「あ〜いえいえ。某(それがし)の袴はこちらにございます。
20060628o吉兵衛「これは〜。しかし〜。」
千代「自分の袴もわからないのですか?」
吉兵衛「いえ、これに似たものは身に覚えがございますが、
このような新品ではござりませなんだ。
千代「たきが縫うたのであろうか。」
吉兵衛「たき?(・∀・)?」
千代「私が新しく召抱えた侍女です。」
20060628p吉兵衛「あ〜あの陰気くさい。あ〜。」
千代「この袴はたきに吉兵衛が頼んだのではないのですか。」
吉兵衛「いいや、めっそうもございません。
某、自分のことは自分でやっておりまする。<(`^´)>
妻亡き後、食事も裁縫も、自分のことは自分でやっておりまする。」
千代「ならばこれはたきが気を利かせたのですね。(^-^)
吉兵衛はいつも穴の開いた袴を履いておるので。」
吉兵衛「小賢しい女でございまする。(`´X)」
吉兵衛「おっ、何か?」  千代「いえ。」
吉兵衛「はっ。では、御免。」
千代「あっちょっと吉兵衛、これを持って行きなされ。
せっかくたきが縫うてくれたというのに、」
吉兵衛「いりませぬ。御方様からあの女子(おなご)にお返し下さりませ。」
千代「人の好意は受けるものです。」
吉兵衛「迷惑千万にございまする。明日は出陣というに。」
千代「わたくしの命です。(▼▼メ) 」
吉兵衛「御方様の命?はっ。」
千代「出陣の前なればこそ、人の思いを無にしてはなりません。
山内家の者は男も女もみな心を一つにして戦うべし、と言うたのは
吉兵衛ではありませぬか。」  吉兵衛「はあっ…。」
千代「全く。(`´X)」    吉兵衛「たき…か…。」

吉兵衛はたきに声をかけようとしますが、千代に殿がお呼びじゃ、
と言われその場を離れます。
千代は、たきにそれとなく吉兵衛が喜んでいる、と伝えます。
「これからも吉兵衛をよろしく頼みますよ。」という場面もありました。
五万の兵を率いて秀吉軍は長浜城を目指しますが、
佐和山城内の評定の場面です。

配下の武将達が、我こそ先鋒を!と功名を立てるために
競い合っております。
秀吉は「この戦、心の中では始まっておるぞ。
刃を交えずに勝てればそれが一番ええだぎゃ!」と言います。
柴田勝豊の使者が参り、秀吉は会おう!と。

使者は落合源太左衛門宗久(粟根まことさん)です。v(・∀・)v
20060628q「我が主、柴田勝豊は柴田勝家様の養子となり
一時(いっとき)は跡取りと目され申した。
さりながら勝家様の我が殿への扱い、
粗略極まりなく目に余るもの之有り。
ついに筑前守様にお味方せんと決め申した次第。
これまで折々の筑前守様のご親切、
我が主、身に染みておりまする。
侍は己を知る者のために死ぬるものとお伝えせよ!
との主の言葉でございます。」
20060628r秀吉は使者の手を握り、
「勝豊殿のお力を見抜けぬ勝家は愚か者。
某にお味方あれば、長浜城と所領は安堵するゆえ安心召され候。
勝豊殿にお伝え下され。」
粟根宗久「有り難きお言葉。主も喜びましょう。(落涙)」
【柴田勝豊は、出てきませんでした。】
三法師を抱く岐阜城の織田信孝を、
血を流すことなく降伏させた秀吉軍。
越前の北ノ庄城にいる柴田勝家とお市の方は怒り狂います。
今度は徳川家康殿を味方につけなされ、と市がけしかけます。
柴田勝家は調略は得意ではない、と言いますが、
お市「筑前に負けてはなりませぬ。」
山内家の郎党達は帰還して宴の場面です。
吉兵衛とたきの恋模様が描かれておりました。
たきは亡き父に想いを重ねて吉兵衛を慕っておりますが
吉兵衛はなかなかふんぎりがつきません。
それは一豊への揺らぎのない忠誠心から来るものでした。
戦場において吉兵衛の役割は殿(山内一豊)をお守りすること。
そう固く決心していた吉兵衛は妻を新たに持つことを拒んでおりました。
無事に帰って来る保証がないからです。
千代が一計を案じ、たきを里の宇治へ帰らせます。
雨の降りしきる中、じっと考える吉兵衛。

次回の功名が辻は、山内家にとって悲劇が襲います。
ドラマなのにちょっと見るのが辛そうな回になりそうです。
吉兵衛がどのような生き方をしたのか。
学ぶ意味があると思います。
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2006/06/28 20:56|功名が辻TB:0CM:8
 

功名が辻第25回吉兵衛の恋 1 

清洲会議では領地の配分が行なわれました。
秀吉は柴田勝家本人にではなく、勝家の養子の跡取り
柴田勝豊に長浜の領地を譲りました。

勝家は勝豊をあまり可愛がらなかったのです。
佐久間盛政という武勇に優れた甥っ子を可愛がっていたために
不仲が生じておりました。
そこを秀吉はうまくついたのです。

天正十年(1582)八月、蝉が鳴いております。
ミンミンゼミの声で画面はアブラゼミです。(・∀・)?
千代が清洲城にいるお市の方に呼び出されて赴いた場面です。
20060628a千代「お市様におかれましては、このたびめでたく柴田勝家様へのお興し入れ相成るとのことお慶び申し上げまする。」
お市「そのような挨拶はよい。今日は別れを言うために呼んだのじゃ。」
千代「あっはっ。」
お市「私が嫁ぐ柴田勝家と羽柴秀吉は犬猿の仲。兄上の跡目を狙っての大戦となろう。戦は避けられぬ。柴田が負ければ私の命はない。じゃが、柴田が勝てばそちが危ない。そちとは敵味方となるのじゃ。」
千代「されどみんなが生き長らえる道はないのでございましょうか。筑前守様は戦は嫌いだとの仰せにございます。」
市は怒りをあらわにし筑前守秀吉を徹底的に嫌っています。
お市「筑前は嘘つきじゃ!(怒)
千代「お言葉ながら私の存じております筑前守様は、下々への思いやり深いお方でございます。」
お市「それは筑前が下々の生まれゆえじゃ。筑前の心は卑しい。あのような者が天下人になることを私は許さぬ。決して許さぬ!(ド怒)」
千代「(汗)お市様が…柴田勝家様へお興しいれなさるのは
筑前守様をお嫌いゆえでございますか。」
20060628bお市「そうじゃ。そなたと私は違うのじゃ。織田家のために生き織田家のために滅びれば本望である。私は筑前の天下で永らえる気はない。そのときは勝家と共に北ノ庄で滅びるつもりじゃ。」
千代「そのような悲しいことを仰せになりませぬよう。」
お市「千代が縫ってくれたこの打掛を、北ノ庄にも持って行く。これは私の来し方をじっと見守ってきたものゆえ。」
千代「もったいないお言葉でございます。」

上川さんがお風呂に入っているシーンです。必見です!v(・∀・)v
撫で肩に注目です。
20060628c上川一豊「千代、先日姫路で殿からお褒めの言葉を頂いた。」
仲間千代「まあ!(・∀・)」
一豊「拝領した播州の知行地には代官を置き、某は殿のお膝元に屋敷を賜りたいと申し出た時のことじゃ。筑前守様は、うん、わしも同じ事を考えておった … 」
回想の場面です。ツクツクホウシが鳴いています。
20060628d中略。
一豊「結局、わしは千代には勝てぬというわけじゃ。(一回転)」
千代「どうしましょ。あまりお褒め頂くとつけ上がってしまいます。」
千代は山内家の家臣を一豊に相談することなく雇っておりました。
一豊「何じゃと(・∀・;)?また人を雇うたのか?」
千代「柴田様との戦が避けられぬのでございましょ?人手は少しでも多い方が安心でございますゆえ。」
一豊「それもそうじゃ。(・∀・)おっ、よくぞ言うた。千代、つけ上がっても良いぞ。」
一豊「はぁ〜っ、功名じゃ〜。」(ざぶんと湯船につかりなおす。)

五藤吉兵衛(武田鉄矢さん)が山内家家臣団に語って聞かせる場面です。20060628e鉄「皆の者、集まれ〜!集まれ!集まれ!これより我が山内家の家紋の由来について語って聞かせよう。(´ー`)」
たき(細川ふみえさん)「きゃっ!」
鉄「あ、痛っ!(・∀・;)!よい!早よ座れ!(`´X)うんっ。」
鉄「これが当家の御家紋丸に三つ葉がしらである。
今日より山内家に仕えようとする者は、皆この紋所の謂れを、とく胸に刻め!」山内家家臣団「はっ。」
吉兵衛の姿を熱く見つめる女性がおりました。
20060628f20060628g
そもそも … と吉兵衛の教育係としての話が続きます。
武田鉄矢さんの熱演はぜひ、再放送をご覧になって下さいね。

一豊「近頃、また話が長くなった。」
祖父江新右衛門を父、五藤吉兵衛を母に例える山内一豊。
よねちゃんの「えぇーっ!(汗)」という戸惑う表情が印象的です。
20060628h20060628i
丸三葉柏紋の由来を話す吉兵衛は、千代が端切れを縫い合わせたこと、
黄金十枚で名馬を買い一豊の評判(名声)を上げた事も語ります。
吉兵衛とたきが出会い、少々むっとしたり、戸惑う様子も
描かれておりました。
浅井家の娘三人を連れて、越前の柴田勝家にお市は嫁ぎます。
そこでいろいろと献策して勝家を煽るのです。
勝家も筑前守秀吉の事を嫌っておりました。
彼は忠義に篤く能力を持った武将です。
秀吉がお市の方に想いを寄せていることがわかっておれば
そのことを踏まえて、穏やかな提案も考えることができたかもしれません。
20060628k20060628l
筑前守秀吉と黒田官兵衛の場面です。
柄本秀吉「勝家め。お市様とどんな暮らしをしておるのかのう。('∇')
あんなことをしたりこんなことをしたりしておるのじゃろうかのう。」
秀吉「あんなことをしたりこんなことをしたり〜!(・∀・)」
官兵衛「殿〜ぉ!いい加減になさりませ。(ド迷惑)」
官兵衛「61にもなって初々しく … 【不適切な表現がありました。自粛です】」

雪が降り勝家が越前に閉じ込められれば、長浜城を柴田勝豊から取り返す!と息巻く秀吉に、官兵衛は冷静に進言します。
官兵衛「上様(織田信長)のご葬儀を。」
秀吉「おっ!そうであった!」
官兵衛「京でご葬儀を執り行なわれませ。誰が葬儀を取り仕切り、亡き上様の天下を引き継ぐか。それだけを朝廷は見ておりまする。」
秀吉「わかった。後世に残るような盛大な葬儀を執り行なう。」
20060628m天正十年(1582)十月十五日

信長の死から四ヶ月後、
秀吉は京都の大徳寺で盛大な葬儀を催しました。
喪主には信長の四男で秀吉の養子となっていた
秀勝を仕立てました。
しかし、柴田勝家とお市の方は越前からやって来ませんでした。

記事が長くなりますので
一度ここで記事をUP致します。
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2006/06/28 10:39|功名が辻TB:0CM:2
 
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