Chronos Moon

「関西人の語る雑談日記」 「懸賞・宇宙・音楽・漫画・自然環境・地域の話題も話します」


プロフィール 

らいとNGC7000

Author:らいとNGC7000
神戸市在住・演劇・星見・
懸賞好き。乙女座。AB型。

FREE AREA 


moon phases


あなたのクリック一つが募金活動になります! 分散設置型クリック募金donation.jp NOAH'S ARK ゆかいな仲間たち
学校行かずにフランス語!
役者のひとり言 甲斐政彦の役者ブログ 帰ってきたえろくない「絵」ろぐ。 愛しのサザビー
通販の商品検索アラジン

ランキングに参加しています。
ランキングに参加しています。ランキングに参加しています。

月別アーカイブ 

カテゴリー 

最近の記事 

最近のコメント 

ブロとも申請フォーム 

この人とブロともになる

スポンサーサイト 

2008/10/13 01:40|
 

功名が辻第33回母の遺言 

天正十五年(1587)三月、秀吉軍は九州攻めのために大坂を出陣しました。しかし豊臣秀次の宿老の一人である一豊は留守居役になりました。
千代「お加減でも悪いのでございますか?」一豊「いや。」
千代「お口にあいませなんだか?」
康豊「姉上、兄上は九州攻めに加われぬことがご不満なのでございます。」
千代「誠でございますか?ご出陣になった皆様には、申し訳なく存じますが、私は此度、旦那様がご出陣なさらぬと聞いて、心からうれしゅうございました。」
2006_33_12006_33_2

一豊「千代の気持ちはわかっておる。されど、刀や槍を振るうてこそ、武士の本懐じゃからのう。」
康豊「兄上、上様は日ならずして九州を平定されましょう。島津など赤子の手をひねるようなもの。されば、今は戦より、秀次様を盛り立てることをお考えなされませ。上様の御跡継ぎは秀次様にございます。」
一豊「康豊、わしに意見する気か。」
康豊「兄上のために申し上げておりまする。槍を振るう暇があれば…。」
上川一豊「黙れっ!(▼▼メ) わしとて、己の事はようわかっておる。石田三成の如く、銭勘定で名を上げることなどわしにはできん。戦場で功名を立てることしかわしにはできん。それゆえ悩んでおるのじゃ。」
康豊「ならば、学ばれませ。」一豊「なに?(`´X)」
康豊「今は秀次様の御領地、八幡城下の町づくりに精を出すとき。中村殿、堀尾殿と力を合わせて、秀次様の御領内を豊かになさることでございます。一豊「康豊、庭に参れ。」
2006_33_32006_33_4

一豊「剣の世でなかろうとも、武士は強くなければのう。」
康豊「兄上は、上様が永遠に生きておられるとお思いか?」一豊「何ぃ?(`´X)」
康豊「上様亡き後、再び戦乱の世になることをお望みか?政(まつりごと)で民、百姓に幸せをもたらすのは上に立つ者の大事な務めでござりまするぞ。」
一豊「何年も会わぬうちに、強うなったのぅ、康豊。されど、わしはわしじゃ。お前の指図は受けん。」
千代は心配そうに二人の様子を見つめるばかりです。

千代「たった二人の兄弟です。何とか仲良く山内家を盛り立てて行って頂きとうございますが。」
祖父江新右衛門(前田吟さん)「あ、はいはい。(´ー`)(頷いています)」
千代「新右衛門?聞こえていますか?」吟「あ、はーいはーい。」
新右衛門は菓子をもぐもぐ食べています。千代「はぁーっ。(溜息)」
吟「法秀様にご相談なさってはいかがでござりましょう。男は母親には頭が上がらぬもの。仲良くせよと、法秀様に言うて頂ければ。」
千代「されど、母上にご心配をおかけすることは…。」
吟「法秀様にとっては、一豊も康豊様もお幾つになられても、可愛いお子たち。ご心配も楽しみのうちでございまする。」
千代「新右衛門は、耳が遠いのか遠くないのか、わかりませんねぇ。(^-^)」
吟「あーはーいはい。(^-^)」
千代「では新右衛門。母上のところに参ります。」
吟「どちらへ?(・∀・)?」
千代「長浜の、母上のところです!」
吟「あっはっはっは、はーいはい。(^-^)」千代「では…。」
吟「御方様、どちらへ?(・∀・)?」
千代は振り返り、むっとした表情に。そのまま出かけて行きます。
2006_33_52006_33_6
長浜の法秀尼の庵に着いた千代ですが、法秀尼は四、五日前から風をこじらせ、前の晩から床に伏せっていました。
近江八幡城では、信長様ご存命の頃の安土のような城下町にしたいという羽柴秀次に、中村一氏は、日本中の承認が集まる町にせなばなりませぬ、と具申します。堀尾吉晴は、琵琶湖を利用して水を引き、城下に掘割を作れば、町に人が集まりましょう、と提案します。
2006_33_72006_33_8
一氏「水を使った戦、水を使った普請、水を使った商いは豊臣のお家芸でございまする。」
秀次は良い考えじゃ!と喜びます。恐れながら、と康豊も意見を述べます。「この地ならではの名物として、い草などはいかがでございましょう。」秀次は一豊に、そちの弟は面白いことをいう、と笑顔で褒め、堀尾吉晴に掘割の普請を進めるよう命じました。一豊は何も意見を述べることはありませんでした。

法秀尼が倒れた原因は、雨の日も観音堂へ通っていたからでした。
一豊と康豊のことが気にかかり、お百度参りをする法秀尼の姿がありました。2006_33_9法秀尼は一豊と康豊の幼い頃の思い出を千代に話します。二人が遊んでいて、家臣の子供を怪我をさせた康豊を父が激しく叱り、一豊が泣きながら庇ったこと、旦那様のお顔も拝みました、と語ります。法秀尼「よねのことは残念じゃったが、そなたと一豊はきっと幸せになります。私は、それだけを祈っておりました。」法秀尼は息遣いが荒く、苦しそうです。なおも続けて、「一豊をよろしゅう頼みます。」
千代「母上。」法秀尼「筆と紙を持ってきて下され。」千代「母上?」
法秀尼「この病を越すことはできますまい。」
千代「母上、母上そのような…。」
法秀尼「泣くことはありません。人はいつかは逝くのじゃから。」
千代は涙を流します。
新右衛門を伴って一豊と康豊が駆けつけましたが、法秀尼はあの世へ旅立った後でした。
千代「息を、お引取りになる間際まで、お二人の事を気にかけておいでになりました。」千代は法秀尼の遺言を渡します。
千代「お二人にご遺言を書かれようとされたのでございますが、すでに筆をお持ちになるお力もなく、最後に私にお伝えになりました。」
一豊「何と?」千代「一豊、康豊、お互いの異なる性分を尊びなされよ。」法秀尼の言葉が続きます。「考えが違うということは、実は、素晴らしいことなのです。山内家が間違った道を歩まぬよう、互いの意見を戦わせよ。」
千代「お二人への最後のお言葉は、互いに学びあうことを忘れてはなりませぬ。そう仰せになられました。」
一豊「康豊、母上の仰せになったとおりじゃ。そちの意見を聞かなんだは、わしの不徳じゃ。許せ。」
康豊「某こそ。母上は何もかもお見通しだったのでございますな。(泣)」
千代は庭に出て、法秀尼とのことを回想します。そして泣き崩れます。
一豊「千代に看取られて、母上はさぞ幸せであったろう。有り難く思うぞ。」感謝の気持ちを述べて抱き合います。

天正十五年(1587)八月、九州を平定した秀吉は大坂へ戻りました。
【大友宗麟や島津家の武将たちは登場しませんでした。】
大坂城での茶々と石田三成の場面です。
2006_33_112006_33_12
茶々「九州での働き、聞いたぞ。」 三成「恐れいりまする。」
茶々「残るは関東の北条だけか。」 三成「北条を落とせば、奥州の伊達もなびきましょう。さすれば天下は関白様のもの。」
茶々「天下はまだ落ちぬわ。」 三成「はっ?(・∀・)?」
茶々「茶々は落ちぬ。猿の思い通りにはならぬ。(`´X)」

秀吉「九州で、恐ろしきものを見た。切支丹じゃ。民、百姓は切支丹の神、デウスとやらを敬って、城主の言うことを聞かん。あれでは天下は治まらん。よってバテレンを追放することとした。よいな。」 家臣一同「はっ。」

細川家で父、幽斎と息子、忠興が玉のことについて言い争う場面です。
2006_33_132006_33_14
忠興「玉は、切支丹ではないと申しております。」
幽斎「ならば、良いが。クルスでも隠し持っておったら、その場で成敗致せ。」
忠興「本能寺の変後も、味土野に幽閉して生き延びさせた命でございます。そのようにたやすく仰せになりますな。」
幽斎「あの女子には、細川家を滅ぼすような妖気がある。わしは好かん!(`´X)」
忠興「父上の奥方ではございませぬ!玉は某の妻でございます。」
幽斎「忠興、何事も細川家のためじゃ。」

山内家で康豊にも奥方をめとらねばという相談をする場面です。
一豊「亡き母上にご安心頂くためにも、康豊、妻をめとらねばのう。千代に任せるが、良いか?」 康豊「はっ。」
一豊「気のない返事じゃのう。誰ぞ、好いた女子でもおるのか?」
康豊「いえ。そのような…。」
一豊「どこぞのご内儀に横恋慕でもしておるのなら、諦めよ。母上を悲しましてはならん。」 康豊「心得ておりまする。」
一豊は頷いて、千代に目配せをして退室します。
千代「寧々様やいと様、とし様とも相談して良き姫を探しまする。」
康豊「お願い致しまする。」
2006_33_172006_33_18
南蛮寺が見る影もなく破壊されています。
クルスに手を合わせる玉(ガラシャ)と侍女。
康豊「怪しい者ではございませぬ。味土野でお助け頂いた者でございまする。」 玉「!」
康豊「味土野でお世話になった山内康豊にござります。」
玉「どなたのことを仰せでしょうか。私はガラシャと申します。私共にどうか、お関わり下さいますな。味土野のことは、遠い霞の向こうのこととなりました。」
康豊「お命を、お命をどうか軽んじなされまするな。」
一豊と千代の勧めで水野家の娘と祝言を挙げたのは、それから間もなくのことでした。

京の聚楽第(じゅらくてい)の場面です。
秀吉はこちらに住処を移し、京に上ることの多くなった秀次に従い、
千代と一豊も京屋敷で暮らすようになりました。
2006_33_192006_33_21
北政所(寧々)と秀次の宿老の奥方達(いと、とし、千代)の場面です。
いと「近江の者がやっきになっておりますそうでございますねぇ。」
寧々「石田三成のことであろう。」
とし「これは、はっきりと。」
いと「福島正則殿、加藤清正殿が、寧々様をおふくろ様と慕われますように、石田三成様は、茶々殿にすっかり擦り寄っておられるそうではございませぬか。(`´X)」
千代「私も、近江の出ではございますが、尾張生まれの寧々様とも、いと様とも、とし様とも親しゅうさせて頂いておりまする。(^^)」
とし「山内様は尾張のお人ではございませぬか。」
寧々「うちの人がいずれ茶々殿を側女にするでありましょう。
三成はそれを待っているやもしれません。」
とし「やはり上様は、茶々様を。」
寧々「お市様のお子ですゆえ、うちの人が欲しがらぬはずがない!(▼▼メ) 」
いと「豊臣家の台所は、今すべて石田様が握っておるというではございませぬか。戦のための金子も、石田様の一存で決まるのだそうでございます。この上、茶々様が上様の側室となられれば、我らが夫をはじめ、尾張の者は働きの場を失いまする。」
寧々「そのようなことはさせぬ。心配するでない。」
いと・とし、声を揃えて「誠でございますか。」
寧々「豊臣家は、うちの人と私で育てた家じゃ。<(`^´)>
いくら三成が聡明であろうと、私が許しませぬ!(`´X) 」
いと・とし「寧々様。(・∀・)頼もしい〜。(嬉)」

一豊が城の修築のことを千代に話す場面がありました。
2006_33_24
淀城を修築するために、山内家からも人を出さなければならん、と少しぼやきます。
茶々様のお城では?と言う千代に、
一豊は、北政所様を差し置いてそれはないだろう、と話します。
2006_33_20

秀吉は茶々に会いたい気持ちが強く、
「明日の夜、寝所に向う。北ノ庄から四年待った。
もう待てぬ。(`´X)良きにはからえ。」
和歌を詠んで送ります。

想い寝の 心御津に 通ふらむ 今宵逢いみる 手まくらの夢
【柄本さんの衣裳がいろいろ変わっていく事が凄かったです。】
2006_33_22
茶々は石田三成を呼び出し、最後の相談をしますが、
忠誠心の高い三成は茶々の申し出を断り、
秀吉の側室になり子を産むように諭します。

寝所に訪れた秀吉に対して、茶々が詠んだ歌です。

あすよりは 若葉摘まむと しめし野に 昨日も今日も 雪は降りつつ
2006_33_23

ある朝、屋敷の門の前に捨て子が置かれていることに侍女が気がつきます。
千代はその子を抱き上げるのでした。
「法秀様のお導きかもしれぬ。」

これはちょっと?と感じるところも時々ありますが、
わかりやすくて、面白い大河ドラマだと思います。
今まで読んでくださりありがとうございました。
これからも最後まで「功名が辻」を見て下さいね。(^^)

応援して下さる方はよろしくお願い致します。<(_ _)>
↓ ↓ ↓
人気ブログランキング
ranQブログランキング
2006/08/24 07:46|功名が辻TB:0CM:8
 
コメント
コメント1…GET!
今日は朝からバタバタしていてPC開けなかったので
まさかコメント1を獲得できるとは思いもシナカッタ!!

それよりらいとサン…
まさかこの記事、本当に朝一番に書いたんデスカ?!
凄過ぎる!!!!!

『・・・・・。』
いっ、イカン…言葉が出ない!
トリコ #-|2006/08/24(木) 08:25 [ 編集 ]
 
トリコさんへ
コメントありがとうございます。
ドラマを見た直後から下書きしていましたよ。^^
毎週その生活はさすがに限界です。
というか、ほかのことが何もできなくなるのですよ。
(>_<)
テレビも満足に見られないし、読書もできないです。
やめたきゃやめればいいのに、好きだから続けてきました。
最近の反応を見るとあまり…なので、落ち着こうと思います。
ブログはこつこつ続けて行きたいですよ。
これからもよろしくお願い致します。<(_ _)>
らいと #JnoDGgPo|2006/08/24(木) 08:34 [ 編集 ]
 
柄本明さん?
名前あってたか?どーも忘れっぽくて。この俳優さん
危ない役やった時好きです。
クリック♪クリック♪ってこればっかりゆってるけど
でも、まゆ式声援です。楽しく読ませていただきました。次の記事も待っています。だからクリック♪クリック♪
まゆ #-|2006/08/24(木) 10:57 [ 編集 ]
 

遺言が感動的でございますね。
考えが違うということは、実は、素晴らしいことだとは
思うところがございます。
互いの意見を戦わせてより良い道に進もうという原動力に
なるものでございましょうね。
花矢 #u2lyCPR2|2006/08/24(木) 12:13 [ 編集 ]
 

すごいーー(・∀・)b

よくこんなに根気が、、、(え、そこ?
今まで1度も見なかったのになんとなく誰のどんな話か分かった気がするよ!!

・・・うん、次こそ見よう。
彼方 #-|2006/08/24(木) 18:25 [ 編集 ]
 
まゆさんへ
コメントありがとうございます。
柄本明さんの名前で正解ですよ。
個性的な役者さんですね。^^
応援有り難うございます。
次の記事も考えますね。

らいと #JnoDGgPo|2006/08/24(木) 19:56 [ 編集 ]
 
花矢さんへ
コメントありがとうございます。
考えが違うと、ついそっぽを向きたくなると思います。
私の場合そうだからです。
でも、一呼吸置いて相手の意見も尊重するように
努めなければと思いました。
後ほど訪問致しますね。
らいと #JnoDGgPo|2006/08/24(木) 20:04 [ 編集 ]
 
彼方さんへ
コメントありがとうございます。
私は戦国時代や古墳のことから
歴史や地理に興味を持ちました。
小さい頃に(五色塚古墳近くで)遊んでいた影響もあります。(;´д⊂)
土曜日に再放送がありますよ。
よろしかったら見てみて下さいね。^^

らいと #JnoDGgPo|2006/08/24(木) 20:28 [ 編集 ]
 
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 
トラックバック
トラックバックURLはこちら
http://chronosmoon7000.blog59.fc2.com/tb.php/582-75e94f36
 
ブログ内検索 

Google
ブログ内を検索
WWWから検索

FREE AREA 


Web拍手

■リンク集1

■リンク集2

リンク 

このブログをリンクに追加する

Blog People 

メールフォーム 

名前:
メール:
件名:
本文:

最近のトラックバック 

QRコード 

RSSフィード 

Powered By FC2ブログ 

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

Copyright(C) 2006 Chronos Moon All Rights Reserved.
Powered by FC2ブログ. ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.