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らいとNGC7000

Author:らいとNGC7000
神戸市在住です。乙女座。AB型。好きなこと・趣味:天文、観劇、ぶらりと散策、囲碁将棋。Blogの記事内容は、すべて管理人の私見です。
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播州織工房館と西脇市郷土資料館

旧来住家住宅を出た後、向ったのは播州織工房館です。
播州織工房館
NHK大河ドラマ「龍馬伝」では、主人公、坂本龍馬役の福山雅治さんが着る
袴に播州織の生地「播州帆布」が使われているそうです。
播州帆布
播州帆布は、地元の商社「高龍商店」と神戸芸術工科大学、
西脇商工会議所が産学連携で開発した厚手の生地です。
(7月21日朝日新聞朝刊より)
龍馬と播州織
写真はお願いをして撮らせてもらいました。
織機
織機も見学できます。
播州織工房館

シャツ
播州織はシャツが有名だとのこと。このシャツは7,800円です。
手提げバッグ
手提げバッグは2,800円でした。

播州織工房館について、西脇のまちブログに詳しく紹介されています。
どうぞ合わせてご覧下さい。
http://nishiwaki1.exblog.jp/

西脇市郷土資料館
次は西脇市郷土資料館へ行きました。
織機
「許可なく機織りをしてはいけません」
許可があっても織れないので、じっと織機を観察です。

播州織についてのコーナーが興味深かったです。

織物特産地の形成
ダークグレーの時代
播州織の誕生(幕末から明治へ)
渋いダーク・グレイの時代

江戸時代末期には、すでに工場制手工業の段階に達していた当地の織物は、維新以来、
「バンタツ」または「バン格子」などと呼ばれる内地向着尺地を中心に堅実な発展を続けてきました。
明治中期に至り、海外綿花の大量輸入、動力織機の開発、動力源としての石油発動機の導入、
さらに工業用電力の安価な供給などが次々に実現するに伴い、専業者の増加、工場規模の拡大など
急速に企業化しながら発達し、明治末期には、「播州織」と呼ばれる特産地を形成するに至りました。
鮮やかな原色の時代
海外市場の開拓(第1次・第2次世界大戦間)
鮮やかな原色の時代

当地の織物が内需専門から脱して、海外市場を開拓する直接の契機となったのは、
第1次世界大戦の長期化に伴う世界的な衣料不足でした。さらに、大正12年の関東大震災により、
横浜が貿易港としての機能を失い、これに代わる神戸港の隆盛は、背後地の播州織を、
東南アジア・アフリカ方面に販路を急伸させる重要な動機となりました。
以来、発展途上国を顧客とする大量の先染織物の輸出は、第2次世界大戦勃発まで続けられました。
明るい中間色の時代
飛躍する播州織(戦後の日々)
明るい中間色の時代
第2次世界大戦は、繊維の世界市場に大きな変革をもたらしました。
播州織生産地にとっては、発展途上国との競合を避けて、先進国市場に販路を開拓し、
その需要を満足させ得る高級品の量産体制を確立することが急務でした。
この方針に則した業界各部門の強固な協力態勢と適切な行政指導により、
曲折を経ながらも、経済成長期に合わせて、安定した産地体制を築きあげました。
なお、昭和58年度の生産額は、約3億4千万平方ヤード(800億円)に達し、
その75%が輸出されています。
コンピュータの登場
今ではコンピューターが導入され、不可欠なものとなっています。
西脇市郷土資料館前
西脇市郷土資料館から見た景色です。
お昼をすぎた頃、日本へそ公園へ向いました。
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