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Chronos Moon
「関西人の語る雑談日記」 「懸賞・宇宙・音楽・漫画・自然環境・地域の話題も話します」
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Author:らいとNGC7000
神戸市在住・演劇・星見・
懸賞好き。乙女座。AB型。
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2008/07/25 02:02|
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書写山 円教寺 5
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書写山 円教寺の続きを書きます。
長かった騒乱の時代も終わり、江戸時代に入ると書写山は本来の荘厳さを取り戻し、西国三十三ヵ所巡礼の第二十七番札所として賑わいを見せ始めます。
西国巡礼とは、近畿地方を中心に由緒ある観音菩薩の霊場を順に巡り、巡礼札を納めていくものです。太平の世が続き、旅に出ることも気軽になったため、巡礼に回る人が増え、
書写山のお山にも
「はるばると 登れば書写の山おろし 松の響きも み法なるらん」
の御詠歌が響きわたるようになりました。
こうして一千年の法灯を今に伝える書写山円教寺は、今日も訪れる老若男女を温かく包み込み、祈りの山として人々に迎えられています。
金剛堂です。
三間四方の小堂で、もとは普賢院という塔頭の持仏堂でした。内部には仏壇を設け、厨子を安置しています。天井には天女などの絵が描かれています。性空上人は、この地において金剛薩埵にお会いになり、密教の印を授けられたといいます。普賢院は永観2年(984年)の創建で、性空上人の居所であったと伝えられますが、明治40年に明石・長林寺へ山内伽藍修理費捻出のため売却されました。(戦災で消失)本尊の金剛薩埵像は、現在、食堂に安置されています。
鐘楼です。
袴腰付で腰組をもった正規の鐘楼で、全体の形もよく整っています。寺伝によれば、鐘楼は元弘2年(1332年)に再建、鐘は元亨4年(1324年)に再鋳とされています。いずれも確証はありませんが、形や手法から14世紀前半のものと推定されています。鎌倉時代後期の様式を残す鐘楼として兵庫県下では最古の遺構で、全国的にも極めて古いものとして貴重です。
法華堂です。
法華三昧堂といい、創建は寛和3年(985年)
播磨国司藤原季孝によって建立されました。
もとは桧皮葺でした。現在のものは建物、
本尊ともに江戸時代の造立です。
書写山からみた眺めです。
左の写真はロープウエイ山上駅付近より撮りました。
右の写真は金剛堂近くの展望台からです。
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2006/11/30 00:01|
近畿地方の話
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書写山 円教寺 4
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書写山 円教寺の続きです。「まだ続くんかい!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、よろしかったらお付き合い下さい。(^人^)
鎌倉時代
に入っても円教寺の隆盛は続き、常行堂、講堂の改造、食堂の建立などが相次いで行われます。しかし、時代は大きくうねり始め、
後醍醐天皇
が
鎌倉幕府
打倒の狼煙を上げた元弘元年(1331年)3月、落雷による火災で大講堂、常行堂、五重塔など諸堂の大半を失ってしまいます。その後復旧も進まない元弘3年に後醍醐天皇が行幸して倒幕を祈願するなど静かな祈りの山であるはずの書写山も騒乱の時代の気配に包まれていきます。▼それを決定づけたのが戦国時代で、天正6年(1578年)3月、播磨の武力制圧に取りかかっていた
羽柴秀吉
は、要害の地で兵糧にも事欠かない書写山に目を付け、大軍を率いて乱入します。山内の十地坊に本営を置き、2年近くにわたって軍事拠点としました。秀吉配下の兵によって多くの僧が僧坊を追われ、数多くの寺宝が略奪されるなど、円教寺は苦難の時代を迎えました。
奥之院の開山堂です。
円教寺開山の性空上人を祀ったお堂で、堂内の厨子には上人の御身骨を蔵した等身大の木像が納められています。寛弘4年(1007年)に性空上人が98歳で世を去った後、弟子の延照が創建したと伝えられています。以来、書写山一千年の法灯を守って今日まで朝夕欠かさず勤行が行われています。現在の建物は寛文11年(1671年)の再建で、江戸時代初期の開山堂建築の代表作と言われています。
軒下の四隅に
左甚五郎
の作と伝えられる力士の彫刻がありますが、四力士のうち北西隅の一人は、
重さに耐えかねて逃げ出した
という伝説があります。
不動堂です。
延宝年中(1673年から1681年)に堂を造り明王院の乙天護法童子の本地仏不動明王を祀っています。元禄十年(1697年)堂を修理し、荒廃していた大経所を合わせて不動所とし、俗に赤堂と呼ばれていました。乙天童子の本地堂ではありますが、若天童子のそれはありません。一説によると、若天はその姿があまりに怪異なため人々が恐れたので、性空上人が若天に暇を出したともいわれています。
事実ならばひどい話ですね。(`´X)
護法堂です。
開山堂の前にある二つの小さな神社で、九州の修行地以来、性空上人に終生仕え、守ってきた乙天護法童子(不動明王)と若天護法童子(毘沙門天)を祀る山の鎮守社です。向って右が乙天社、左が若天社で、同寸同形の
春日造
で、小規模ながら細部の手法に優れ室町末期の神社建築の特色をよく表しています。現在の建物は永禄2年(1559年)に再建されたもので国指定重要文化財です。
護法堂拝殿です。
護法堂と向かい合って立つ天正17年(1589年)に建立された建物で、俗に「弁慶の学問所」とも呼ばれ、
弁慶
が書写山で少年時代に修行したときに使ったという勉強机が残っています。昼寝をしていた弁慶の顔に、喧嘩好きな信濃坊戒円がいたずら書きをし、小法師二、三十人を呼んで笑いました。目を覚ました弁慶は、皆がなぜ笑っているのかわかりません。弁慶は井戸(弁慶鏡井戸)に映った自分の顔をみて激怒し、喧嘩となりました。その喧嘩がもとで大講堂をはじめ山内の建物を焼き尽くしてしまったと言われています。
これから金剛堂へ向います。(^-^)
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2006/11/29 00:01|
近畿地方の話
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書写山 円教寺 3
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書写山 円教寺の続きを書きます。
修行を重ね、名声が京の都にまで響くようになっていた性空上人に対し、寛和元年(985年)播磨国司の藤原季孝が寄進を申し出て法華三味堂を建立します。翌2年には天皇の座を退いた花山法皇が上人との結縁を求めて参詣し、承認に深く帰依した法皇によって山上の寺は「圓教寺」の寺号を受け、勅願寺の待遇が与えられます。
そして、永延元年(987年)には、三間四面の講堂も完成させ、比叡山から名だたる高僧を招いて盛大な落慶法要が営まれ、ここに実質的な円教寺が誕生します。その後も山上では常行堂、多宝塔、鐘楼などが相次いで建立され、書写山は第一次隆盛期を迎えます。その隆盛は寛弘4年(1007年)の上人入滅後も続き、承安4年(1174年)には後白河法皇が参籠するなど、書写山円教寺は「西の比叡山」として次第に重きをなしていきます。
摩尼殿から茶屋を撮りました。
書写山には200種類もの苔が確認されているそうです。
濱頭盧尊者像です。
摩尼殿の裏は、岩山になっています。
大講堂を目指して5分ほど歩きます。
大講堂です。
寛和2年(986年)に花山法皇の勅願によって創建されました。円教寺の本堂にあたるお堂で、本尊の釈迦三尊像が安置されています。お経の講義や論議が行われた僧侶の学問と修行の場で、現在の建物は室町時代中期に再建されたものです。構造は雄大で、和様を基調として一部に唐様(禅宗様)を加えた折衷様式です。食堂・常行堂とともにコの字型に建ち並んで「三つの堂」を形成しています。国の重要文化財です。
食堂(じきどう)です。
後白河法皇の勅願により創建されました。現在の建物は室町時代のもので、僧侶の学問・寝食をした寮でした。別名「長堂」と呼ばれる通り長さは約45m(桁行十五間、梁間四間)あります。二階建ての大建築で、腰縁をめぐらすなど仏堂として珍しい構造です。東西の柱間は、一箇所の格子戸を除くすべてが蔀戸(しとみど)で圧巻です。しかし規模が大きすぎたためか、二階部分が未完成でした。昭和34年からの解体修理工事により完成させています。
常行堂です。
創建年代は明確ではありませんが、現在の建物は室町時代のものです。本尊は阿弥陀如来で、僧侶が常行三昧(ひたすら阿弥陀仏の御名を唱えながら、本尊の周りを回る修行)をするための道場でした。北川に大講堂の釈迦三尊像を奉納するための舞台が設けられています。
小雨が降り始め、先を急ぎました。
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2006/11/28 00:00|
近畿地方の話
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書写山 円教寺 2
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書写山の記事の続きを書きます。
姫路市の北西に位置する標高370mの書写山は、奈良時代末期から山岳信仰の道場として賑わいを見せ始め、名もなき多くの修行僧が住まう「
聖なる山
」として知られるようになっていました。そんな書写山に、九州での修行を終え、新たな修行の地を求めて
性空上人
(しょうくううしょうにん)が入ったのは、康保3年(966年)、上人57歳の時のことです。伝承によれば山にかかる瑞雲に導かれてのことですが、おそらくは「聖なる山」と伝え聞いた上人が自らの意志で入山したものと思われます。山に入った上人は山内の西の谷に二間四面の草庵を結び、普賢菩薩の絵像を掲げ、修行一途の道に入ります。そして4年後の天禄元年(970年)には桜の生木に六臂如意観音像を刻み、
如意輪堂
を建てますが、この頃が円教寺の揺籃の時代だと言えます。
慈悲(こころ)の鐘です。
平成四年十月創建です。鎌倉時代初期を想定して設計されました。寺の鐘は時刻や大法要の合図のためにならされることが多いですが、この鐘は、世界平和祈願・浄佛国土建設をめざし建立されました。ひとりでも多くの方々に、潜在している慈悲心をおこし、願いを込めて鐘を打っていただく。その音は佛の声となり、十方世界に響き渡り、本当の心豊かな世界を作っていくことを祈念します。
第三番 風猛山
粉河寺
千手千眼観音菩薩像
第十番 明星山
三室戸寺
千手観音菩薩像 です。
参道には、西国三十三霊場のそれぞれの本尊仏である
観音菩薩像が続きます。青銅製です。
仁王門までは、ロープウエイの山上駅より歩いて15分ほどです。
壽量院(じゅりょういん)です。
もとは中院坊と呼び、現在の建物は貞享5年(1688年)に再建されたものですが、平安末期に平家打倒をもくろむ
後白河法皇
が7日間参籠したと伝えられる山内でも最も格式の高い塔頭です。
建物は、仏間を中心として中門を付けた古い形式の
書院造
の建物と、台所を設けた庫裡、それらをつなぐ
唐破風
の玄関という構成です。国指定重要文化財になっています。壽量院では書写塗の器を使った
精進料理
を味わうこともでき、知る人ぞ知る人気を呼んでいるそうです。ただし、予約が必要です。
壽量院近くの紅葉の様子と、摩尼殿(まにでん・如意輪堂)です。
摩尼殿までは、仁王門から歩いて12、3分です。
天禄元年(970年)に創建されました。昔この地に桜の木があり、天人が舞い降り「捨首生木如意輪…」と言葉を唱えて礼拝しているのを見て、性空上人がその生木に如意輪観音像を刻まれました。これが本尊となり、安置する本堂をその上に築き、そのために岩山によりかかった掛造りとなったと伝えられています。大正末に失火のため全焼し、昭和8年に再建されました。西国二十七番目の札所としてふさわしく香華が絶えません。重要文化財四天王もあわせて祀られています。
紅葉は今がちょうど見頃です。(^-^)
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2006/11/27 00:00|
近畿地方の話
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姫路 書写山 1
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こんばんは。姫路の
書写山
へ行って来ました。
姫路駅
前のパン屋さんでお昼を調達です。
ここのパン屋さんはおいしいです。お勧めです。(^-^)
姫路駅北市バスセンター2番乗り場
より、
書写山ロープウエイ方面のバスに乗ります。
満員でした。片道260円です。
途中、
姫路城
の前を通りました。
今度、天気の良い日に訪れたいです。
噴水です。ロープウエイに乗る前に撮りました。(^-^)
書写山は西の
比叡山
と言われているそうです。
ロープウエイからの景色です。
乗ってから苦手だったことを思い出しました。(・∀・;)
わずか4分間なのに。揺れて、怖かったです。
ロープウェイ
は15分おきに出ています。
片道だけだと500円、往復では900円です。
観光客の多い日は臨時便も出ます。
善意の杖が用意されていました。
かなり歩くことになる予感がします。
後日、続きます。
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2006/11/26 00:00|
近畿地方の話
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スタンプラリーのご案内と太山寺。
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11月25日(土)から12月30日(土)までの期間、
神戸市営地下鉄
全駅で
「ポケモンウインタースタンプラリーinコウベ」が開催されます。
スタンプ設置駅にて4個以上のスタンプを集め、
「ポケモンセンターふゆまつりin
神戸大丸
」(12月27日から30日まで開催)
へ持って行くと、ポケモンステッカーがもらえます。
スタンプ設置場所は、「地下鉄西神山手線」、「
地下鉄海岸線
夢かもめ」各駅です。
また、イベント開催にあわせて「スルッとKANSAIカード」
のオリジナルカードも発売されます。詳しくは
こちら
をご覧下さい。
別の角度から撮ったり、紹介しきれなかった写真をUPします。
太山寺の本堂と濱頭盧尊者(びんずるそんじゃ)像です。
十六羅漢の第一
ご自分のお悪いところを手で撫でてください。
鐘楼
と
梵鐘
です。
三重塔です。
秋が終わる前に、紅葉の写真を撮りに行こうと思っています。(^-^)
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2006/11/25 00:00|
近畿地方の話
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スズカケノキ(鈴懸の木)黄色と赤。
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スズカケノキ(プラタナス)です。
学名は、Platanus orientalis L. といいます。
被子植物門 スズカケノキ科 スズカケノキ属で、
最大高は8m以上になります。
花がよく見られる時期 4月から5月です。
ヒマラヤ
から
バルカン半島
に分布する
落葉広葉樹
です。
成長が早く、排気ガスなどの公害にも強いことから、
街路樹
として利用されています。
ヨーロッパ
や
北米
などではよく植栽されていて、
日本へは
明治期
に移入されました。
モミジバスズカケノキ
の方がよく知られています。
葉は深く5−7裂し、集合花は総状に3−7個つきます。
和名は球状の
集合果
が鈴のようにぶら下がっていることから来ています。
紅く紅葉しているスズカケノキも見つけました。(^-^)
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2006/11/24 00:00|
植物・花
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マーズ・グローバル・サーベイヤーに感謝!
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こんばんは。わんこが助かってよかったです。
こちら
のニュースです。
地上50mの場所で2日飲まず食わず。(・ェ・o)
徳島西消防署の皆さんが頑張って救出しました。
もう迷いませんように。
話を続けます。
火星探査機
マーズ・グローバル・サーベイヤー
が迷子になりました。
ここ数日、悲しみにくれていました。(;´д⊂)
こちら
と
こちら
のニュースです。
きっと見つかるのではないか!と期待していたのですが、
交信は途絶えたままです。
1996年11月7日にケネディー宇宙センターから打ち上げられた
探査機は、約24万枚もの画像を撮影。地球へ送信してくれました。
最新鋭の探査機
マーズ・リコネッサンス・オービター
が、
しっかり後を継いでくれるはずです。(;_;)
Mars Global Surveyor!今までありがとう!
マーズグローバルサーベイヤーの撮影した画像を紹介します。
1997年12月に撮影された火星です。
マリネリス峡谷と南に
極冠
が写っています。
この峡谷は長さが3,000km、幅が600kmもあるそうです。
火星の極冠は大きくなったり小さくなったりしますよ。(^-^)
ローウェルクレーター
です。
火口の直径は201kmもあるそうです。
クレーターの形はくっきりとしていません。
これは比較的古い年代に形成されたクレーターだと考えられています。
火星の砂嵐
です。
火星では砂嵐が起こることが珍しくないそうです。
白い部分は凍った二酸化炭素でできています。
渦は風速100km/h、巻き上げた範囲は900kmにも達します。
火星の大気は地球と比べて薄いために、地球ほどは破壊的でないそうです。
しかし威力は強烈だと思います。
火星に将来、人類は住めるのでしょうか … (・∀・;)
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← 火星は非常に厳しい環境だ。
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← これからの探査機の活動も楽しみ。
2006/11/23 00:00|
天文・星見
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神戸市西区 太山寺 2
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太山寺の続きを書きます。
阿弥陀堂です。
現在の阿弥陀堂は、貞享5年(1688年)に再建されたものです。本来は天台宗の修法であある常行三昧の修行堂でしたが、堂の本尊である阿弥陀如来に対する信仰が高まるにつれて、阿弥陀堂として人々の礼拝の対象となりました。
鎌倉時代 阿弥陀如来坐像 重要文化財です。
兵庫県指定文化財 太山寺 三重塔です。
この塔は古い時代のものに比べて各層の屋根がほぼ同じ大きさで、ずんぐりとしており江戸時代中期の特徴をよく表しています。屋根は本瓦葺で相輪は型通り、水煙は火焔型です。各層四隅の尾垂木の間には邪鬼を置いています。色は各層で異なり、下から白、緑、褐色となっています。初重内部には四天柱をたて、天井には極彩色の装飾が施されています。中には、本尊の金剛界大日如来と四天王が安置されています。建築年代は心柱の墨書銘から貞享5年(1688年)に寄進により建てられたものと考えられています。
護摩堂です。
建立は江戸時代中期(17世紀後半)と推定されています。方3間の建物で、屋根は本瓦葺の宝形造りです。中には大黒天・不動明王・毘沙門天が安置されています。
釈迦堂です。
建立年代は江戸時代後期と推定されています。構造は宝形造りで、釈迦・文殊・普賢の釈迦三尊仏が安置され、花祭りなどはこの堂で営まれます。
羅漢堂です。
こちらも建立時代は江戸時代後期と推定されています。四天王・十六羅漢尊・釈迦の四大弟子像が安置され、塗組天井には多くの草花が描かれています。
奥の院です。
閼伽井橋を渡ると、稲荷舎と地蔵堂があります。
地蔵堂の下からは巌窟を通って、昔は水が湧き出ていました。この霊水は仏前に供する清浄水(アカ)で、この場所はそれを汲む閼伽井(アカイ)となっていました。霊水は眼病に効験著しいとされていましたが、今は出ていません。地蔵堂には、一つの願いに限ってお陰をいただくという巷説で名高い一願地蔵があります。
播磨の名刹 太山寺。 一度訪れてみて下さいね。(^-^)
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2006/11/22 00:01|
近畿地方の話
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三身山 太山寺 1
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こんばんは。最近、FC2ブログの調子が悪いですね。
保存しようとすると消えたり、管理画面が開かなくなることがあります。
ブログ運営者の方は絶対にバックアップを取りましょう。
神戸市西区にある
太山寺
(たいさんじ)について話します。
神戸市営地下鉄
名谷駅
・
伊川谷駅
よりバスが出ています。
太山寺
は鎌倉時代から室町時代にかけて隆盛を誇った
天台宗
の名刹です。「播州太山寺縁起」には、
藤原鎌足
公の子、定恵(じょうえ)和尚が開山し、霊亀2年(716年)孫である宇合(うまかい:
藤原不比等
の子)が堂塔伽藍を建立したと伝えられています。宇合が明石浦摩耶谷の温泉で療養中、夢の中に薬師如来が出現しました。薬師如来は、ここより東北の地に定恵和尚結縁の地があり、定恵和尚は願望を果たせず寂したと示現したところ、宇合はその教示に従い、七堂伽藍を整備し、薬師如来の尊像を安置したといいます。
元正天皇
(715〜723年在位)の
勅願寺
として、歴代天皇をはじめ一般民衆に至るまで広く信仰を集めました。
太山寺の
仁王門
です。この仁王門は他所にあったものを現在の場所に移築したもので、建築当初は三間一戸二層の堂々たる門でした。移築の際に上層部を撤去し、軒回りも縮小して現在の形になっていることが、昭和28年(1953年)の解体修理工事で確認されました。
入母屋造
・本瓦葺・棟高8mの八脚門です。木鼻などから、移築は室町時代後期と考えられています。また創建年代は鎌倉時代末期まで遡ると推定されています。
左右に立つ、仁王です。
参道を歩いていくと、三重塔が見えてきます。
中門を入ると、正面に本堂が見えています。
本堂です。中央間を開放して、両脇間には正面と内側に金剛柵をまわし、その上に菱欄間をつけて仁王像をおさめています。弘安8年(1285年)の火災で建物は全焼しましたが、その後復興に取り掛かり、永仁年間(1293〜99年)に再建されました。規模は柱真々間で正面20.82m、側面17.76mです。本堂は国宝に指定されています。
次回へ続きます。
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2006/11/21 00:01|
近畿地方の話
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神戸の街並みと携帯電話普及率ランキング
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こんばんは。
みかん
と
柿
と
トマト
では、どれが一番大きいでしょう?
らいとです。(・∀・)
日曜日に買物に行ったときに見つけた
トマト
は大きかったです。
茨城県産の
トマト
です。(`・ω・´)
甘くてとてもおいしかったです。(^-^)
朝日新聞11月19日付朝刊に、携帯電話の普及率について
都道府県ランキングが掲載されていました。
大都市ほど高く、地形も影響 携帯電話の普及率
人口に対する携帯電話の普及率は、ずっと右肩上がりだ。全国平均は1988年度末で0.2%だったが、1995年度末8.2%、2000年度末48.0%と増え、この6月には72.7%に達した。都道府県で比べると、やはり大都市が高い。中でも東京都民はほぼ全員が携帯電話を持っている計算になるが、総務省電気通信事業部は「仕事用は個人だけでなく法人契約も多いはず。特に若者は用途別に2台持ち歩く人が目立つ。携帯で店や買い物の情報が多く得られる、都会ならではの便利さもある」とみる。地方では香川が5位と健闘している。総務省四国総合通信局は、四国経済の拠点であることに加え、「他県より面積が狭く、平地が多いので、中継アンテナが整備しやすいから」。一方、東北を見ると仙台を抱える宮城は9位だが、残る5県は下位に固まり、大都市との格差も大きい。NTTドコモ東北広報部の担当者は「若い人がどんどん都会へ出てしまい、携帯を必要としない高齢者層が多いからだろうか」と首をひねる。(伊藤誠)
東京都の人は全員が持っている計算になるとは、驚きました。一人で携帯電話を複数台持っている人がいるので、比較することが難しい気がします。同時に電話に出ることはできないので、大変ですね。(・∀・;)
布引の見晴らし展望台から眺めた景色です。
大阪湾をよく見渡すことができます。
展望台よりしばらく登ったところにある、
猿のかずら橋
です。
木でできているわけではないのですが、上から丁寧に飾られていました。
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2006/11/20 09:52|
近畿地方の話
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加古川総合文化センター 大江戸の賑わい展へ行って来ました。
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加古川総合文化センター
へ行って来ました。
JR東加古川駅より北へ約600mのところにあります。
歩いていく時は、「ほかほか手作り弁当の店すマイル」を目印に左折。
案内の表示どおりに歩くと迷わないですよ。(^-^)
鳩に混じって一羽、小鳥が木の実をついばんでいました。
セキレイのようなそうでないような。☆彡(-人-;)
野鳥を覚えて見分けることは難しいです。(;´д⊂)
加古川総合文化センターです。
隣には
加古川市立中央図書館
もあります。
加古川総合文化センターでは、
「
幕末浮世絵アラカルト
大江戸の賑わい
」展が開かれています。
会期は11月3日〜12月3日 会期中無休です。
午前10時〜午後5時(入場は午後4時30分まで)
〒675−0101 加古川市平岡町新在家1224番地の7
TEL(079)425−5300
FAX(079)425−1552
入場料は、
一般(高校生以上)600円
小・中学生 300円
幼稚園児以下無料です。
葛飾北斎
・
歌川広重
・国貞・国芳をはじめ、
さまざまな種類の浮世絵を楽しむことができますよ。(^-^)
図録より紹介します。
歌川芳藤 作の「ふの字づくし福助」です。
目は「ふぐ」口は「ふくろ」まゆ毛は「筆先」となっています。
手は「ふみ」体は「かのをふくすけ」となっていて、
有卦絵
(うけえ)と呼ばれ
縁起ものとされています。
歌川芳藤 作の「子猫寄り集まって親猫になる」です。
ジグソーパズルのようになっています。(^-^)
11月23日14時から、記念講演会があります。
大会議室にて先着200名様(入場無料)です。
講師 国際浮世絵学会常任理事
中右瑛
氏
演題 『おもしろ幕末浮世絵』 です。
150種類以上の浮世絵が見られるので、楽しいです。(^-^)
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2006/11/19 00:02|
近畿地方の話
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布引の紅葉と神戸製菓専門学校 学園祭ご案内です。
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神戸製菓専門学校
第4回学園祭が11月18、19日に行われます。
当日は学生達が作った洋菓子・和菓子・パンの販売をするそうです。
こちら
のブログで詳しく紹介されています。
お近くの方はぜひ訪れてみて下さいね。(^-^)
布引の滝です。紅葉の季節ですので、楽しみに訪れました。
でも、最近まとまった雨が降っていないこともあって、
滝の水量がほとんどありませんでした。残念です。
紅葉の様子です。
だいぶ色づいてきています。
見頃は今月下旬でしょうか。(^-^)
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2006/11/18 00:06|
近畿地方の話
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大阪城の青屋門と極楽橋。
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大阪城の青屋門です。
大坂城の非常口とも言うべき門で、徳川時代の元和6年(1620年)頃創建され、算盤橋と称する引橋(押出し、引入れ自在の装置)が架かっていました。この門は、昭和20年(1945年)8月に大空襲の被害にあい大破しましたが、昭和45年(1970年)に大阪市が残材をもって現状の形に復元しました。青屋門の名称の由来は、大坂本願寺時代にこの門外付近に青屋町があったことによるものと推定されています。
極楽橋です。
山里丸と二の丸を結ぶ橋で、もとは幅3mの木造橋でした。徳川時代の寛永3年(1626年)に創建されましたが、明治維新の城中大火(1868年)の際に焼け落ち、そのままになっていたものを、昭和40年(1965年)に鉄筋コンクリート造りで復興しました。昭和58年(1983年)、橋の高欄と橋面修理が行われました。
お堀では鴨さんがほのぼのと泳いでいました。
お城見学を終えた園児たちとここから見た大阪城です。
大阪市立博物館だった建物です。現在は閉館しています。
新しく
大阪歴史博物館
となって移転しています。
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2006/11/17 00:01|
近畿地方の話
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大阪城の伏虎と鯱瓦。
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真田幸村の兜・陣羽織の試着体験コーナーです。(^-^)
この前では写真を撮っても大丈夫でした。
グループで来ていたお兄さんたちの中の一人が身につけて下さいました。
撮影の許可をもらいました。お願いするのに勇気が要りました。
大阪城天守閣(昭和6年復興)
大棟の鯱瓦 阿形(雄)原寸大複製 FRP製
豊臣秀吉築造大坂城の大天守には金色に輝く1対の鯱瓦(しゃちがわら)が最上部に飾ってありました。昭和6年(1931)に推定復元され、平成8年に修復された現在のものは、青銅製の鋳物に金箔を貼りつけたもので、これはその原寸大の複製(レプリカ)です。阿(あ)・口云(うん)(雄・雌)1対のうち、こちらは大棟南側の阿形(あぎょう)です。
※「うん」の文字は「口偏」です。
伏虎(ふせとら) 原寸大の複製です。
高さ1.5m、幅3.3m 国際ゾンタ26地区エリア4大阪Iゾンタクラブ寄贈
豊臣秀吉が作った大坂城の天守閣は、大変装飾性の高い建物で、最上階(第5層)の外縁腰板には伏虎(獲物を狙う姿勢の虎)の勇姿が描かれていました。昭和6年(1931)の復興では、この天守閣がモデルとされたためにこの虎も316年ぶりによみがえり、天守閣最上階の外縁四面に4種8頭がいて周囲に睨みを利かせています。これは東西面のうちの1頭です。
右は大阪城大天守によくみられる菊紋の破風飾りです。
大阪城と鯱瓦です。
左から、クリスタルタワー・大阪ビジネスパーク(OBP)・
ナショナルタワーが見えています。
透明度の良い日には、もっと遠くまで見渡すことができますよ。(^-^)
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2006/11/16 00:01|
近畿地方の話
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大阪城の号砲と金明水井戸屋形
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神戸市長田区のシューズプラザでは、
足にやさしい靴フェア
を開催しています。
期間は12月10日までの10時から19時まで、休館日は毎週水曜日です。
足に負担が少なく歩きやすい、やさしい靴を数多く集めて即売しています。
興味を持って下さった方は
こちら
をご覧になってみて下さいね。
今月初めに大阪城へ行って来ました。
「真田幸村と大坂城」展をぜひ見たかったからです。(^-^)
号砲です。
この大砲は、全長348cm、砲口の内径20cm、外径40cm 先込め式の旧式砲で、材質は青銅の一種とみられます。1863年、幕府の命令により、
美作
津山藩
(岡山県津山市)の鋳工、百済清次郎らが製造し、大坂天保山砲台の備砲として据え付けられ、明治維新後、大阪城内に移されたものと伝えられています。
明治3年(1870)から時刻を知らせる号砲として用いられ、はじめは日に3度、明治7年からは正午のみ空砲が大阪市内にとどろきわたり、「お城のドン」、「お午(ひる)のドン」の名で親しまれてきました。火薬節約その他の理由により、大正12〜3年(1923〜24)頃中止されましたが、その時期と事情ははっきりしていません。
重要文化財 金明水井戸屋形です。
この井戸は水面まで約33mの深さがあり、井戸枠は一箇のく
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隊長M(01/02)
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